デカルトのこんな言葉を知っていますか?

知的喜びは善だ

「精神がその所有するすべての善から受け取る成果は、

これ以外になく、

善についての喜びを持たないあいだは、

精神は善を享受してもいない」

おはようございます。

岡本美香です。

 

『朝3分間のデカルト - 小川仁志』

という本を朝からちょっと目を通すようなことをしています。

まずこの本について少し書いておくと

デカルトに興味がある人もない人も読み物として楽しめます。

コーヒー片手に読む感じで楽しめます。

そんな気軽で軽快な感覚で読める哲学の本だと思っています。

さて、本題に戻りますが、

「精神がその所有するすべての善から受け取る成果は、

これ以外になく、

善についての喜びを持たないあいだは、

精神は善を享受してもいない」

善とはここでは物事が成就した状態ととらえておくと、

善が成就するとき、私たちは喜ぶ

となります。

これって、物事がうまくいったときのことです。

喜びに飢えているなら知を探究せよ

子供の頃を思い出してください。

私たちはどんなときに喜んだでしょうか?心を躍らせたでしょうか?

それは、自分が知らないことを知った時ではないでしょうか?

お菓子をもらって喜びました。でも食べたらなくなってしまいます。

お腹いっぱいになったらそれ以上は食べられません。

でも、知らなかったことを知る喜びは際限なく追求できるのです。

もし、あなたが最近、喜んだことがないというのなら、知的なものを追求してみてはいかがでしょうか?

私自身の経験としても、これは確実だと思えます。

喜びに飢えているなら、セミナーに参加してみよう!

例えば、セミナー。

自分の知らないことを知ったとき、「おお!」と喜びます。

さらに、自分がそれを使うことができると知ったら、心は踊り、行動したくなります。

なんだか、毎日つまらないな・・・と思っているのは、知を探求してないからかもしれませんよ。